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ある人のブログ

徒然思ってることを書いてるブログ

幸せにしたいという傲慢さ

ある人を思い出していた時に気がついた事。

過去の話をする。

当時私はある人に「私が幸せにしたい」と強く思って行動していた時があった。

友達だろうと恋人だろうと親族だろうと「こうなってほしい」と願って行動することは度々ある。
喜んで欲しくて何か用意したり言葉をかけたりする。

喜んだ姿を見て私も嬉しくなる。

これが最近少し違うのではないかと思った。

 

気持ちを変えるのはその人自身

よく「人の気持ちは変えられない」と言う。

それには納得している。

例えば、私がこうしたからあの人は変わった、と言うのはおかしい。

人は自分の意思でしか行動しない。

こちらが何をしてもきっかけにしかならずそうなったのはその人がそうなる事を望んだからそうなっている。

 

人の気持ちの切り替わりはスイッチに似ている

例えるなら自分の気持ちはスイッチを押すようなもので勝手に幸せになったり悲しくなったりできる。

ただ何かのスイッチがあることに気が付く時、他人からの影響で気が付かされる時がある。

そういう時、人は他人を変えたと錯覚する。

他人は自分でスイッチを押すのに、スイッチを押したのは自分だと思ってしまう。

これを無意識にしてしまっているのではないかと最近良く考えている。

 

私も気がついてスイッチを押している

カズレーザーからも影響を受けてこの側面に気がついてしまった。

思っていればずっと幸せだと。

確かに不幸に見えても幸せを感じている人はいるし幸福と不幸の定義なんて物事の捉え方の側面が多すぎて無限に答えが出てきそうで考えたくない。定義できないから各自で定義した方がいいと思っている。

そんな側面に気がついてしまったが気持ちとしてはすっきりした。

そして「他人を幸せにしたい」と言う気持ちに傲慢さを感じてしまった。

他人は勝手に幸せになる。ただきっかけの種をまく人になれればいいなと思う。

そこからの「あなたを幸せにしたのは私ですよ!」というありがとうの押し付けが発生することもある。

これは自分のためにやっている行動が多いので何かする前に一度考えて行動したいと思った。

 

今日はここまで。

休日にはなにもしたくない

今日はなにもしなかった。

あえてしているなら日記を書いている。

 

日記を書いてはいるがなにも書くことはない

さきほどまで持論や経験論を書こうとキーボードを叩いてはいるのだが何一つうまくまとまらない。

びっくりするほど頭が冴えない。言葉が出てこない。

仕方がないのでなにも書けない事を書いている。

寝てしまってもいいが先程まで20時間睡眠をしていたので特に眠たくもない。

金曜朝帰りをし、それから泥のように眠り今さっき目が覚めた。

本当に書くことがなくてびっくりしている。心がとても平和。

何もしないことはいいことか

何もしないことに罪悪感や虚無感を持っていた時期もあったが今はほとんどそんな気持ちにならない。

1日何かした所で人生が画期的に良くなる可能性は低いしそんなチャンスが出て来る可能性も低い。

ということは1日ぼけーと過ごしても何も変わらない。

大事なのは習慣化できる平日だと思っている。

では休日も平日と同じように過ごしてみては?とも思うが朝まで飲みたい日もあり夜中まで眠りたい日もあるのだ。

しかし読書は毎日したいとは思う。できていないが。

 

ということで今から何かしらしようとはするだろうが、特に意味もないことなのだろうなと今から思っている。

今日はここまで。

アニメ『ユーリ!!!YURI ON ICE』がジャンプみたいな物語で感動した

アニメ『ユーリ!!!YURI ON ICE』を見た。

Amazonプライムで無料で見れたので正月の暇な時間に全話通して見た。

思ったことは『ジャンプで連載してそうな王道スポ根アニメ』。

ジャンプの漫画は『努力・友情・勝利』でできているがユーリに至っても同じ要素で成り立っている。

腐女子の人たちが騒いでいたので「ある層を狙ったアニメ」なのかと思って見たら全然違ってびっくりした。

とても感動してロス状態になったので思ったことをひとまずまとめておく。

これから書くのは超個人的感想で気になったら見てほしいなという気持ちも含まれている。

フィギュアスケートを題材にしたスポ根アニメ

『ユーリ!!!YURI ON ICE』はフィギュアスケートを題材にしている。

私はフィギュアスケートを見ない。

選手の名前もよくニュースで出てくる数人しか知らないしその数人が何歳で何が得意でとか何も知らない。

ルールなんて全く無知だし『氷上で踊るように滑って回転数が多いジャンプするとワーッってなる優雅な競技。国内大会と世界大会とかあるけどどういう感じで出てるのかとかわからない。そして選手が細い。』くらいのド素人ぶりだ。

そんなド素人が見ても理解しやすく面白かった。

フィギュアスケートのルールや選手とはどういったものかという説明も劇中には出てくるがあくまでさらっとなので「そういったものなんだな」と受けいれやすい。

理解しにくい部分はカバーされているし理解できていなくても劇中でやっていることはなんのためになにをやってるか大体わかるので困惑はしないと思う。

主人公と登場人物の人間ドラマが面白い

主人公が壁にぶつかる所から始まるので感情移入がしやすく、とっつきやすい。

大体の人が味わったことのある自信の無さや不安に打ちのめされ拗ねる所から始まっている。

そこから自分と向き合い仲間と衝突したり和解したり成長しながら努力し勝利を収めていく。

多分このアニメが24話くらいあったらきっと12話あたりで恐ろしく視聴者を動揺させる展開が入ってくると思うがこのアニメは12話しかないので比較的主人公は壁に当たったりもするが順調に勝っていく。

言ってしまえば特に大きな障害が出ずに勝ち進む。

小さな障害と言うか、大丈夫なの?と不安になる場面は大抵毎話出てくる。

物語が進むに当たって毎度問題点は出てくるが毎度解決されるので展開はとても早い。

それが不満ではなく、12話だからこそ最後まで熱量を保ったまま放送できたのだと思う。

しかも迷っているのは主人公だけじゃなく、主人公のまわりの人たちも悩んだりいじけたり答えを探したり見つけたりするのでキャラクターが脇にいない。

もう全員主役で物語が作られても成り立ちそうなぐらい作り込まれている。

ただ腐女子の人たちが騒いぐのもわかるくらい男しか出てこないし友情と言うにはやりすぎるくらい密着している気もするけれど、アニメだし良いかなと思う。

男しか出てこないから、友情や精神的な愛情がとてもきれいでキラキラしたものに見えた。

勝利を尊いものとして扱うから感動する

アニメの中にはすぐ勝ってしまったりして勝利に対して「価値があるもの」という印象が持てないものもある。

ユーリに関しては小さな大会も価値があるように見える。

みんなが欲しそのために努力し勝てなかったから悔しがる。

勝てなかったサイドをきちんと描いているので「こんなに悔しがっている人たちの上に勝利がある」と思うと尊い。

滑っている絵と音楽がきれい

これは技術の進歩というかクリエーターの人たちががんばっているからだと思うんですが、滑っている絵がきちんとフィギュアを滑っていて、そこに音楽があって共存できていることが素晴らしいと思う。

音楽も普段フィギュアを見ていない人間が聞いても「それらしい」と感じる。

アニメって綺麗になったもんだなぁと言うと、調子乗ってるみたいに言われるけど、私が夢中になってテレビにかじりついたりレンタルショップで吟味しながら借りていた頃を比べると昔の劇場アニメよりずっと綺麗でびっくりする。

もう典型的にディスる部分も綺麗なので文句がみつからないのである。

もしあるとするならもっと続きが見たい!って所くらいで・・・

 

上記のことを思ったので休み明けにおすすめしてくれた同僚にお礼を言った。

良い物語が楽しめた良い休みだった。

もう一度公式へのリンクを貼っておく。スマホ対応していてデザインがとても綺麗で見やすい。

 

今日はここまで。

よくつかうPhotoshopのレイヤースタイル

Photoshop デザイン

デザインを行う上でメインで扱っているのはPhotoshopです。

どう早く目的のものを作れるまでショートカットするかを考えて作業をしています。

今回はその中でもレイヤースタイルについて。

 

レイヤースタイルとは

レイヤー自体にかけることのできる加工です。

掛け合わせにより無地の文字やモチーフも黄金に見せたり立体的にさせたりする便利な機能です。

詳しくはPhotoshop公式のレイヤースタイルのページをご確認ください。

レイヤースタイルも無料で高品質なものが配布されていますが、仕組みがわからないまま使ってもいざという時素早く動けなくなるので(毎回探してても埒が明かないので)ある程度、自分でちょちょいとできるものを書きます。

 

よく使うレイヤースタイル『ベベルとエンボス』

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ベベルとエンボスってザ•加工って感じになって最初は使っていなかったんですが薄く使えば流行りのさりげない加工ができるのでよく使います。

今回は同じベベルでも雰囲気が変わるものを用意しました。

 

ぷっくりうるうるした加工

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まず文字自体の塗りを透明に近くします。

水のような透明感が欲しい且つ加工がしたいので塗りを下げます。

不透明度を下げるとレイヤースタイルがかかった状態で透明に近づくのでスタイルを生かすために塗りを下げます。

レイヤースタイルはベベルとエンボスのサイズを7に、ハイライトを100%にしてシャドウを0に。

サイズを上げるほど丸みが増し下げるほど立体の角が丸い状態、平面が増えます。

さらに境界線を外側にして白1pxをちょい透明に。

これはベベルだけでは透明感がありすぎて可読性に難ありなのですこし形を補強して読みやすくしてあげる処置です。

 

もちもちおもちの加工

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もちもちとしたおもちをイメージした加工です。

これはただの白文字にベベルはサイズを7、ハイライトは白なので特に反映されませんが100%に、シャドウは茶色を薄く16%で。

なぜ茶色なのかというとお餅の影色は白だからグレー…というわけではなく、食べ物は暖色を使ったほうが美味しく見える効果があるから色をつけています。

暖色でも、赤でもよかったのでは?と思うかもしれませんが、白はそれ以外の色がとてもよく反映される色なので、赤は少し強すぎるんです。

あとお餅のイメージから赤々しいよりすこーしわかるかわからないかくらいの色で、なおかつ暗い茶色にしたんです。

あとは形を補強するために境界線を1pxこちらも少し黄色の入ったグレーを56%で入れています。

 

シャキッと歯ごたえの加工

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こちらはシンプルにベベルのみの加工です。

ベベルのサイズを0にすると1pxの陰影がつくので、硬い、少し立体的な加工をすることができます。

こちらも白なのでハイライトは反映されませんが100%に、シャドウは36%と少し薄めにしています。

シャドウを上げれば上げるほどカチッとした硬い文字になりますが、最近はあまりそういうしっかりとした立体は流行ってないので使ってません。

 

レイヤースタイルは奥が深すぎるので細切れに書きそう。

今日はここまで。

ノートPCの良いところは画面を最大化する所だと思う

思ったこと

正月なので実家に帰っている。

実家には私が学生時代にメインPCにしていたノートPCがある。

滞在期間に触るためのものなのでAdobeCS4とコミスタとSAIが入っている。

絵を描くアニメオタクだったためそういった仕様になっている。

 

本題だけれど、ノートの良いところは画面を最大化して使わないとUIがいい具合に画面内に収まらず、自然と最大化して作業をするところだと思う。

ちなみに普段私が使っている環境は会社は21インチiMacと24インチディスプレイのデュアルディスプレイ、自宅は27インチiMacを使っている。

どちらも最大化するとやたら画面に空白が目立つので何かするときは何枚かの画面を重ねながら同時進行で扱っている。

これがなかなか作業が進まない。

あれもこれもと手をつけると頭を切り替えるのに時間を使い、調べごとをしながらすすめるとネットサーフィンの誘惑に負けて作業が止まったりする。

効率よく進めようとして効率がとても悪い。

 

ノートではそうはならない。

画面を最大化して使うから目の前のことしかとりあえず考えなくなるし、あれもやっておきたいと思っても、すぐに手が伸びない。

余計なことは作業をしていればさっさと忘れるしノートとはこんなに邪魔をしない素晴らしい機械だったんだなと思った。

買う予定に一切なかったMacBookが少し欲しくなった。

 

以上は私の場合なので、誘惑に負けない人は効率的に作業ができると思う。

ただ、今まで画面サイズは大きければ大きいほど良いと思っていたので、小さいノートにこういった効果があると気が付かなかった。

Photoshopについては大きければ大きいほど良いと思う。21インチだと常に表示させておくメニューだけで画面の3分の2が埋まる。

描画スペースだけで21欲しくなるので自宅の27インチにもディスプレイをつけようか悩むところである。

 

今日はここまで。

年の瀬にして何かを残したくなった話

思ったこと

最近周りの人間を見て思う節があり、何か常に役に立つ何かを残したいと思った。

そこまでできるデザイナーじゃない。しかし役立たずにはなりたくない。

いつか名をはせたいと思いつつ何もしない日常になんだかなぁと不甲斐なさを感じたので新しく始めてみようと思う。飽きたらやめる。

 

デザインとはなにか

デザインとは一体何なのか。それはデザイナー各々で回答は全く違う。

信念があったり、何も考えてなかったり本当に全く違う。

なので私の回答もこれが正解ではなく、そう考えている人もいるということで書く。

デザインとは、情報の整理、理由の配置、関係性の再構築といったものです。

デザインが発生する時、何かしら成し遂げたい目標が同時にあります。

「売上を伸ばしたい」「知名度を上げたい」「好感度を上げたい」例えるとこんな目標が一緒に発生します。

それにそって情報を整理し、理由ある文字やモチーフの配置、理由同士の関係性の再構築をすることがデザインだと私は思っています。

 

アートとデザインの違い

よくアートとデザインを混同されている方がいるが、アートとは内からでる感情や情熱や理由があっても無くても、なんだって作品になれる。

空間を指して「私の心の中を構成しました」と言ったらその空間はその人の心の中なんである。

誰も「違う」と突っ込めない。それがアート。

正解か不正解なんてつけることがナンセンスであって個人で好きか嫌いかを判別する。

それがアートでありデザインとは非なるものです。

 

今日はここまで。