親子丼の日
今日は残業したくなかったのでちょっとだけしてジムへ。
今年残り僅かなので抜かりなく筋肉痛になりたい。
実家に帰れば美味しいおせちにおやつにこたつに誘惑のオンパレードなのは例年を思えば察しがつくし、その誘いの強大さたるやブッタでさえ下唇を噛みちぎるレベルではないかと毎度思う。
さらにBSのにゃんこをひたすら追いかけるネコ歩きが録画してあるため見放題である。
にゃんこにこたつにおやつ。
さらにみかんも付いちゃう。
もう逃れられない。
これを我慢するなど修行ではない。
拷問である。
目の前にして欲望のタガが外れるのはわかっている。
よって物理的に距離を置くこと、見えなくすることは大切なのだ。
私は修行はできても苦行は無理だ。
そんなこんなで昼休みに親子丼を食べた。
久しぶりのトロトロジューシーな親子に舌鼓を打たざる得ない。
ででーん。
親子丼てなんてこんなに美味しいんだろう。
卵の半熟とろとろな具合も素晴らしいし、それに絡みつく鶏肉の柔らかで噛むたび出汁が出るジューシーさもたまらない。
パーフェクト。拍手喝采。
やはりこれは親子コンビネーションが成せるおいしさなのか。
豚でも牛でもなく鶏と卵。
鶏肉with卵。
いやwithなんてもんじゃない鶏and卵。
チャゲとアスカのような貝合わせコンビ、ならぬ鶏合わせコンビ。
そう鶏と卵は切ってもきれぬ運命なのだ。
まぁ親子だしそうだよね。
超普通に親と子だもんね。
はい。
クリスマスなのでクリスマスらしく会社でケーキを食べたりした。
美味しかった。
キラキラしている街
友達とご飯を食べた。
ご飯を食べるのは口実で、久しぶりに会おうと言う話になった。ツイッターで。現代っ子である。
以前から気になっていた店がありそこにした。
パンケーキが有名なカフェだ。
パンケーキにステータスがあるならば見た目にステータスを全振りしたようなパンケーキが出てくる店だ。
つまりこうだ。
今の世はこれをパンケーキと言う。
もはやパンケーキなのかクリームなのかフルーツなのかよくわからないパンケーキをシェアしながら食べ、あれこれ思いつきで喋りながら話は盛り上がった。
パンケーキ以外はノープランだったので友達の好きなアクセサリー屋さん巡りをした。
私も友達も現在キラキラと言うかギラギラでデコデコなアクセサリーが個人的ムーブメントである。
キラキラは良い。特にシンプルな形の服に合わせると際立って上品に見える。
全てがケバいとキラキラも見た目(全体)の攻撃力を高く見せてしまうだけなのだが一点だけ、キラキラと揺れるアクセサリーはとても良い。
そんなこんなで解散して帰った。
存分にキラキラ充した。
街もキラキラしていて綺麗だった。
なんて綺麗に終わるはずがなかろう。
唐突に肉食したくなり500gを平らげた。
食してみて、肉だけならば800いけるな…と思い胃袋の成長を感じた。
ちなみに肉にはトリプトファンと言う幸せに感じるホルモンの素みたいなのが豊富だ。
だから辛くなったら肉を食べて眠る事が良いと思う。
久しぶりにあちこち見て疲れちゃったので落ちはありません。
金曜日はゆううつ
あいも変わらず忙しい。
1日限定の忙しさではないタイプの忙しさなので早々落ち着きはしない。
あれこれ舞い込んできてはさばき、あれこれ言われては言い返すなり納得するなりそれぞれ。
そして今日は金曜日。
明日は休みだ。だから嫌だ。
考える時間が増える。
忙しくないならほげーとしていれば2日なんで光の速さで過ぎ去る。
それもできるのだ。そう、仕事が落ち着いていたらね!
そう言えば新しいiPhoneを購入したにも関わらず電話番号の引き継ぎが終わらずしまい込んだままである。
iPhoneからしたらこれからバリバリ使われて新しいからブイブイ尊奉の眼差しを受けてiPhoneらしいキャリアフォーンになる予定だった所わたしが鈍臭いミスを連発しているお陰ですっかり置物と化していると思うと胸が締め付けられる思いだ。
だからと言って仕事の合間に現キャリアに電話し、わざわざ10分以上待たされわけのわからんアンケートを取らされストレスしか溜まらない行為をまたやるのかと思うとボタンを電話番号を押す指も止まるのである。
逃げられないための仕掛けが今後使わない理由第1位になるとは皮肉なもんだ。
そういった細かい面倒なのにやらないとならないことを片付ける絶好の日、それこそ休みの日なのだ。
ありあまる時間は大抵の時間がかかる問題を解決してくれる。
なぜなら時間があるから時間がかかる問題に取り組んでも足りなくなることはほぼないからだ。
ゆえに休みに入った今からあれもこれもとやらなければならない状態が既に億劫で、早速休みから逃避したいのだ。
そうして毎週このゆううつから逃避して今日に至る。
人はこれをめんどくさがり屋と呼ぶ。
今日もゆううつを取越しながら金曜は終わって行く。はぁ…
クイッティオナームの日
今日は忙しかった。
年末年始は繁忙期らしくその波がじわじわと膝下まで来ている感じ。
そのうち大波に変化しそうだけど私はブレずにノー残業を守り切りたいと思った。
矢先に今日残業である。
守るのが難しいから…守りたいって強く思うんじゃ無いかな…
ジムに行きたかったなぁ。
今日のランチはタイ料理屋に行った。
いつもランチを共にする同僚達がいて、普段は7.8人くらいでランチを食べに行く。
だけれど今日は和食チームとタイチームな2手に別れた。
何か普通じゃないものが食べたい気分だったのでタイチームに同行した。
そして食べたのがクイッティオナーム。
クイッティオナームとは何か、タイの屋台でよくあるフォーである。
とメニューに書いてあったんである。
酸っぱくも辛くもないサッパリしたフォーで薄味の優し目のヌードル。
まぁこれなんだけど。
パクチーが爽やかで夏の木陰の様な心地よさを思い出した。
とても美味しかった。
薄味なのでテーブルにある調味料を加えながら食べることをオススメされた。
とうがらしを乾燥させてミキサーに少しかけました!みたいなものがあったのでかけてみたらとてつもなく辛くてびっくりした。
見た目まんまの辛さだったのでビックリするのもどうかと思うがとりあえずかけてみようと言うチャレンジ精神からやっちゃったのである。
ちなみにクイッティオナームは温かいフォーだ。
完璧なるやらかしであった。
すするたび痛くてしばらく美味しさより辛さが勝った。辛いだけに。
クイッティオナーム…覚えられるだろうか…
次はトムヤムクンが良いな…と思うあたり多分覚えられない。
きっとなんか…名前ややこしかったやつ…みたいな覚え方をしてそうだ。
そんな感じの日。
ありあまる時間
休みの日に予定があって、予定の合間にすこしできた時間が好きだ。
10分くらいの「自由な時間」で、普段通り過ぎているだけのお店を見たり別ルートを行くのが好きだ。
じっくりは見れないが適当にふらつける時間があるととても自由を感じる。
若い内にできること
「若い内に色々やっておいたほうが良いよ。」
というひとがいる。
学生の頃、若いからってなんでも任せないでほしいと思っていた時期もあったが、今はこの言葉がしっくりきつつある。
若い内とは、体力と気力が人生の中でも値がMAXに近く”義務"教育も落ち着き、それなりに人との関わりや物事への理解、世の中のパターンについてわかってきた頃だ。
この頃、大体の人たちは若いだけでなんでも出来る気持ちになる。
実際には世の中のほとんどの事が出来る力を持っていると思う。
何かを成し遂げるには「時間」「体力」「学習力」が必要だと思っている。
若い人にはその3つが揃っている。
この3つは年を取るごとになくなっていく。
何かをはじめて結果を出しまくるのは若い時がチャンスだ。
私は安定志向の若い人を責めたいのではない。
安定したい、安全な所にいたいと思うのは生き物として当たり前だと思う。
安定するために努力するのは先を見越して行動しているので良いことだと思う。
その努力の中に色々しておくが入っているのではないかと、近頃腑に落ちた。
力がある内に、回復力が高い内にダメージと知見を深めて、この先に備える考えの元にできれば良いと思う。
ただ深刻なダメージは後に引きずる可能性もあるのでそれだけは気を付けたい。
自分は衰えていく生き物だと、若いと気が付きにくい。
衰えていないから体感したことの無いことだから、仕方のないことだけれど。
いつか衰えると思っておくのと今が永遠に続くと思うのは大きく違うと思うのでより毎日を大切にできると思う。
今日はここまで。
成し遂げたかったら成功体験を貯めたほうがいい
やりたいけどやれない、続かない事が多い。
その中で続いた、できた場合に共通していたのが成功体験を積むことだったのでそれについて書く。
成功体験を貯める
やりたいことができない時、やりたいことに対してアンチになっている事が多い。
絵が描きたい→時間がない。面倒くさい。他にやったほうが良いことがあるのでは?
といった考えが働く。
そういった危惧することは、自己防衛本能の延長と捉えている。
安全か危険かの道があったとして安全な方を選ぶのは、人の性能というか心のありかたとして正しいと思う。
なので、アンチになることは仕方がないことなのでマイナスイメージが思い浮かんだところで諦めることもない。
マイナスイメージから手を付けられない場合は実際に行動して、小さくても成功を積んで「これは安全であり危険ではない」ことを心に理解させた方がやりやすくなる。
となると
絵を描く→時間をかけて描くことは心がすっきりするし気持ちいい。他のアクティビティと同等の価値がある。
と、プラスのイメージがあると次回も手が出しやすくなる。
マイナスイメージを持つことは自分の時間や労力のコスパを考えた際デメリットが多いと自然に判断している時なので実際に成功してみることで敷居を下げると続けやすい。
また、自分のテンションがあがるように、気持ちのいい仕掛けをしかけておくといい。
承認欲求が欲しいなら承認を貰える環境について考えて自分の場合どういう立ち位置にいたら自然に承認を貰えるのかを考えて行動してみる。
できない理由を明確にする
なぜできないのか、なにが邪魔をしているのかを明確にして対策を練る。
時間が無いなら時間を作るにはどうすればいいのか対策をしてみる。
時間がないなら時間を作る。
時間の作り方がわからないなら時間の作り方の具体例を調べて自分に合うものを取り入れるといった具合だ。
大体の悩みというのは他の人間もつまずいて悩んでいる可能性が高いので検索すれば対策がすぐ出てくる事が多い。
やってもできないには向いていない時ときちんとやらなかったため効果がなかった場合がある
もったいないのはきちんとやらなかったため効果が無かった場合。
その場合失敗体験だけ残るのでそれがまたやる気とか気持ちを損なうのでよくない。
できなかったことで「自分はダメな人間なんだ」と思ってなにもしなくなるのもよくない。
誘惑を誘惑と認知する
一時の快楽だけで誘惑に負ける事がある。
誘惑に惑わされている時は、脳内で少しテンションが違っている。
その誘惑を正当性のある、メリットのある行為だと理論付けようとする。
人は自分の思った正しいが本当に正しいと思うために、事実を曲げて考える所がある。
これはバグなので、誘惑はバグだと思って凌ぐしかない。
あからさまに誘惑で、負けそうな時には「これは誘惑だ。脳が勝手にこれを良いことにしようとしている。」と思って誘惑を認知すると避けやすい。
無理はしない
初めは張り切ることが多い。
でも気力ややる気はそんなに長くは続かない。
だから無理だな、と思ったら休憩をするか手を抜く。
手を抜くのが習慣になるのはまずいけれどマイナスイメージを持つのとやめるのはもっとよくないと思うので引き続かせつつできることをする。
またやりたい気持ちが高まった時にきちんとやれば良い。
自分で気持ちや気分を先読みしてコントロールする
それでも人には気分や乗り気があって始める事が困難な時もある。
そこで「またか」と思ったら気持ちが先読み出来ているので、軌道修正にそこまでかからない。
その曜日や時間はこういう気持ちになりやすいとわかっていれば、その気持ちや気分を回避するための予定を建てたり何か用意しておいたり準備できる。
万能ではないがまずは続けたいと思ったらこういう対策を取る。
今日はここまで。